Francisco de Goya, La Fête ou L’enterrement de la sardine (détail).
(Source: brazenswing)
(Source: einmalistkeinmaleinmalistkeinmal)
(Source: throwtolion)
(via exclamationmark)
The Dog (1822) by Francisco Goya.
Reconstruction of Goya’s Black Paintings in the Quinta del Sordo
実はゴヤの黒の中でも一番好き♥
ゴヤの「裸のマハ」を見た野口晴哉は、顔と身体が別人であると断じて、美術史の素人が何を言うかと非難を受けた。(中略)宰相ゴドイ(引用者注・この作品の発注者・以下同)は愛人の裸身を愛してサロンに飾ったが、ペピータ(ゴドイの愛人)と分かる形で展示するわけにはいかない。(そこで、ゴヤに着衣と裸体の二枚の絵を描かせ、着衣の絵の下に裸体の絵を重ね、紐を引くと裸のほうが現れる仕掛けにしていた。そして、着衣のほうの絵には)どこかの女の子の顔をつければ、大画家の普通の名画ということになる。紐を引くとペピータが現れるのだが、見る人は既にそれがマハ(下町の生きのいい女の子の総称)であるという先入観を持っているから疑わない。美術史上最も名高いモデル論争はこのようにして、顔と身体が別人であるということを瞬時に喝破する野口晴哉の眼力によって解決することができる。
このような人間理解の骨組みを形作るのが、身体の「勢いの方向性」による人間のタイプ論である。(中略)
「裸のマハ」の顔は野口のいう「10種」(開型)の人、野性的、多産的な大腿部のよく発達した身体の持ち主である。絵の身体のほうは「1種4種複合」の人、気品あり美しいが弱々しく、男性の保護欲求をそそる顔であったはずである。
このような人間理解の骨組みを形作るのが、身体の「勢いの方向性」による人間のタイプ論である。(中略)
「裸のマハ」の顔は野口のいう「10種」(開型)の人、野性的、多産的な大腿部のよく発達した身体の持ち主である。絵の身体のほうは「1種4種複合」の人、気品あり美しいが弱々しく、男性の保護欲求をそそる顔であったはずである。
見田宗介「私の野口晴哉(3)」「絵の中の謎 『考える人』と『裸のマハ』」 「朝日新聞」2004年4月16日夕刊
ここで書かれる「人間のタイプ」は、「体癖」としてよく知られていますね。
(via posinega)
アイコラ画家ゴヤっつーか、逆アイコラ画家っつーか、アイゴヤw



